元号改正と病院の「広報」戦略(上)

合理性と外国人患者への対応

「元号」改正で影響を受けた病院のシステム改修

2019年4月1日に新元号「令和」が公表され、新天皇即位の5月1日より新元号へとリセットされた。元号法は1979年に成立したものであるが、(1)元号は政令で定める(2)元号は皇位の継承があった場合に限り改める―と規定されている。 「その発表を何時にするのか?」について政府の方針も二転三転してきたこと。また、「令和」に新元号が決定してからのマスメディアの“熱狂”等、無意味な“から騒ぎ”が続いてきたが、既に2か月が経過し、世の中も落ちついてきた。

今回は政治的な問題には触れず、主に「医療機関の広報戦略」の観点から、元号改正について考えてみたい。

医療機関にとって今回の「元号改正」で最も影響を受けたのは電子カルテ、医事会計等のシステム改修だ。電子カルテは通常、西暦と元号の両方で表記されている病院が多いと思うが、某民間病院のシステム担当者は「電子カルテシステムのアプリケーション内では、裏のシステムテーブルが存在し、それを変更する必要が出てくる。

コンピュータ・メーカーは“元号改正の影響は限定的”とアナウンスしている企業が多いのですが、動作検証等を行って新元号で上手く稼働するかどうかのテストに結構、手間がかかるのではないでしょうか」と指摘する。 いくつかの病院に聞くと、電子カルテ内で患者に渡す文書や同意書等を取りこんでいるケースも少なくないのだが、それらの文書類は種類も多く、フォーマットの変更が簡単ではない医療施設も多いようだ。

医療機関の情報システム担当者らは、新しいシステム導入を契機に西暦と元号を並列表記にするのか、それとも西暦表記に統一するのかを判断する時期にきているのかもしれない。将来的に元号が変わるごとに表記の変更や、システム改修を余儀なくされるのは、とても合理的とは言えない。そうした点から、新元号交付を機に西暦表記に統一することを決めた医療機関も少なからず現れ始めた。

「外国人労働者+訪日外国人旅行者」に対する医療機関の環境整備

2018年10月9日から11月19日の期間、読売新聞が実施した全国世論調査では、「ふだんの生活や仕事では元号と西暦のどちらを使いたいか?」との設問に対し、「元号を使いたい」が約50%、「西暦を使いたい」が約48%で、ほぼ拮抗している。

前述のマスメディアにおける“令和のから騒ぎ”を考えると意外な結果だが、官庁や自治体等が「元号」使用に拘泥するのに対して、国民は案外と冷静である。 読売新聞が平成への改元直後、1989年1月に行った同調査では、「元号」派が約64%、「西暦」派が約28%だったことを踏まえると、約30年の間で国民の中に「西暦」の方がなじみやすいとの空気が徐々に醸成されてきたことは否めない。

テレビニュース等で新元号「令和」への国民の熱狂ぶりが伝えられたのは、7月の参議院選挙を控えて、新元号へのリセットを支持率アップに繋げたい現政権を「忖度」した結果とも言えそうだ。 今後、専門家の見方でも、医療機関においては「元号」だけで表記されることは殆どなくなり、「西暦」と「元号」の並列表記か、「西暦のみ」表記が一般的になると考える人は少なくない。

その最も大きな理由としては、現在から将来に向け、訪日外国人が急増することは間違いなく、オリンピック開催を目前にし、外国人患者への医療提供に対して医療機関側が早急な対応を迫られている現実があるからだ。法務省によると2017年度末時点で日本に暮らす外国人は約256万人。OECDの「1年以上、外国に居住している人を移民とする」としているデータでは、2015年に日本に流入した外国人数は約39万人にも及び、先進国の中ではドイツ、アメリカ、イギリスに次ぐ数字。

2018年末には改正入管法が成立し、外国人労働者への就労の門戸が更に拡大されることになった。 厚生労働省は2018年11月に「訪日外国人旅行者等への医療提供に関する検討会」を発足。各都道府県に外国人患者の受け入れ拠点となる医療機関の選定を依頼し、拠点整備が進められていくことになる。

2019年はラグビーのワールドカップが日本で開催される他、2020年には東京オリンピックの開催を控えて、増加する「外国人労働者+訪日外国人旅行者」の両方に向けて、外国人患者が適切に医療を受けられる環境整備が早急に求められている状況がある。これは首都圏だけでなく地方の病院にとっても共通の課題であるのは間違いない。

急増する外国人患者に対し「元号のみ表記」の不親切

日本で就業し生活しようとする外国人が住民票を取る場合、“元号”が意味するものを理解できなくて当然である。しかし、従来の行政システムでは“元号”表記が支配的であり、新元号に変わっても、そうした流れはあまり変わっていないように見える。

仮に外国人が診察券を持参し、医療機関を受診した時に、受付で“平成何年生まれですか?”と聞くことは患者本位とは言えない。答えられないのが当たり前で、西暦で訊ねる配慮が最低限必要である。

今後、厚生労働省は各都道府県へ依頼し、外国人患者の受け入れ拠点となる医療機関の選定を行っていくようだが、拠点となる医療機関や外国人居住者・旅行者が多い地域の医療機関は、西暦に統一した方が患者にも歓迎され、運用しやすいと考える。 「その辺りについては、病院全体で明確な方針を決めて、病院職員全員で意思統一し、外国人の患者さんに対して組織としての総合的な対処の仕方が求められます」と話すのは、医療広報に詳しい咲デザイン研究所所長で、NPO法人日HIS研究センター・運営委員の大山幸一氏。

確かに、小さな診察券に英語やカタカナ表記、生年月日も「元号」と「西暦」の両方を入れるとなると、文字が極めて小さくなり読みづらかったり、事務作業が煩雑になったりする等のロスが生じる。
何よりも外国人患者の立場で考えると、不親切この上ない。 次回では「元号」をキーワードにした医療機関のCI(Corporate Identity)について考えてみたい。
(医療ジャーナリスト:冨井 淑夫)

(2019年7月26日)

無料メールマガジンご案内

クリニックや健診施設の皆さまに役立つ情報を随時お届けします!

購読する

資料・お問い合わせ