医療政策の荒波に飲み込まれない、病院再生の施策とその事例

 1960年代に始まった、いわゆる「国民皆保険」制度は、国民なら誰でも健康保険証を使って保険医療を受けられる画期的な医療サービスです。 しかし、平均年齢が高齢化している現代においては、医療費が年々増加し、社会問題になっています。そのため厚生労働省は、診療報酬改定を含む医療費抑制を主眼とする改定に着手しました。そのことが病院を経営難に追い込んでいます。 それでは、これからの病院経営はどのようにすればよいのでしょうか。

今後の医療費をめぐる課題について

 高度成長期に始まった、社会保障の主軸のひとつである国民皆保険制度ですが、制定された当時は戦争で少なくなった人口を増やそうとかじを切った時代でした。 労働者数が急増したため、健康保険料の収入も多くなり、医療財政も裕福な時代でした。しかし、高齢者人口が増えてきたことで、各健康保険組合での高齢者医療制度に伴う拠出金が財政を圧迫し始めます。 現在では、日本経済の発展に貢献してきた大勢の労働者である「団塊の世代」が定年を迎え、医療費の増加に拍車をかける状況に陥ろうとしています。

 さらに、少子化により将来的な労働人口の減少が予測されるなか、医療経営は岐路に立たされています。 国民皆保険制度は、税金を投入して成り立っている社会保障制度のひとつです。少子高齢化が進むなか、高齢者の医療費が増加し、国民全体の医療費に占める割合が高くなればなるほど国家財政がひっ迫します。日本が世界に誇る医療制度が崩壊する可能性も否定できません。 そのため厚生労働省は、退院後の在宅復帰率を高め、病院ではなく自宅で治療を続けられる体制を目指しています。団塊の世代が後期高齢者と呼ばれる75才を迎える2025年に向けて、計画的に地域完結型医療(地域包括ケア)の整備が進んでいます。

 このような状況下で、各医療機関は地域包括ケアに対応すべく、対策を講じておかなければなりません。特に、中核病院と診療所(クリニック)の関連性は非常に重要です。診療所は、外来診療の専門家として、新患発掘などスクリーニングとしての役割分担を担い、生活習慣病といった慢性疾患の治療を充実させることが求められるでしょう。 手術や高度な検査の必要に応じて中核病院に患者を紹介し、退院後の通院やリハビリは診療所で再び行うという体制が、地域包括ケアの中心的な治療方法になります。 こうした環境下で診療所は、オールラウンドな医療を展開し、患者に支持され続ける存在にならなければならないと考えられます。

病院経営を再生するために、やるべきこと

 医業経営は、ほかの産業とは収支構造がかなり異なっています。 ・消費税は患者から徴収できない ・支出の半分は人件費 上記は医療経営に関する支出のほんの一部ですが、医療経営独特の特徴でもあります。これらをカバーするため、各医療機関では経費削減にかなりの努力をしていることでしょう。 しかし、患者獲得につながる周囲の環境の調査や、マーケティングに力を入れている医療機関がどれくらいあるでしょうか? 

 医療は地域と非常に強い結びつきがあります。そのため医療機関を簡単に移転や新設することは、なかなかできません。 だからこそ、医療機関の立地に合わせたマーケティング、地域性の把握が必要なのです。具体的な方法をいくつか紹介しましょう。病院環境や病院経営の改革を目指すなら、ぜひ取り組んでみましょう。

地域の疾病別患者数の把握

 厚生労働省では、医療に関するさまざまな調査・報告を行っています。それらのデータを活用して、どのような疾病歴のある住民がどのあたりに住んでいるのかを把握できます。

外来患者の地域把握

 各医療機関において、定期的に来院している患者の数や頻度は把握しているはずです。しかし、住所と地図をプロットして、患者がどの地域から来院しているかを分析したことはありますか? もしかしたら、偏った地域から来院しているかもしれません。このようなデータ分析が、広告戦略に役立つでしょう。

各種広告媒体の反響率の把握

 新しくその病院を受診した患者(新患)に関して、どのような理由で来院したかを調査することが重要です。そのためにアンケートなどを行っている医療機関もいるでしょう。 アンケート調査に加え、各種広告の反響を把握するために、電話・インターネット・メール・口コミなどへの反応を測定することも、広告戦略の重要な要素となるでしょう。

患者満足度イコール職員満足度

 患者が特定の医療機関を気に入ると、口コミなどで紹介する率が高いことはよく知られています。また、そのような医療機関は職員満足度が高い傾向にあります。仕事に対してモチベーションが高ければ、患者の満足度も向上します。患者満足度を上げたいならば、職員の満足度を向上させることが重要です。 定期的に職員満足度調査を実施して、適切な対応をとりましょう。

病院経営の改善事例紹介

急性期病床の場合

 地域医療に貢献してきたある病院では、時代変化などの状況に対応できず、累積赤字が90億円近くまでふくらんでしまいました。患者のために行ったとはいえ、人件費比率が高いことが医業経営を圧迫していたのです。急性期医療に転換して再生を果たした例を紹介しましょう。

人件費削減と職員のモチベーションの両立

 この病院のようなケースは非常に多く見られますが、まず人件費の削減が急務でした。しかし、人件費を削減するにあたり、経営方針に対する労使合意が必須です。この病院の場合、「地域医療に密着した医療を提供する」という経営方針に関して、職員が賛同したことが大きなキーポイントになりました。経営者側の一方的な押し付けではなく、経営者側と職員が幾度となく話し合いを続け、納得がいく医療を展開していくことに合意したことが、成功の鍵になっています。

慢性期病床から急性期病床への転換

 同病院は次に、「急性期医療に特化し、地域医療に貢献する」というビジョンのもと、ケアミックスなどの慢性期病床から思い切って急性期病床にかじ取りを行いました。病床数も約300床から235床まで減らし、数年かけて準備を行い、7対1看護体制やDPC(診断群分類包括評価)対象病院へ移行などの体制を整えていきました。また、地域の医療機関を訪問し連携をさらに強めた結果、外来患者数を減少させると同時に紹介率も上昇し、効率的な医業収入になりました。

職員満足度調査を定期的に実施

 同病院が地域医療機関との連携を確保した中核病院へ変貌を遂げた大きな理由のひとつに、職員のモチベーションの高さが挙げられます。給料が下がっても納得したうえで仕事に取り組んだことで、病院に対する帰属意識がめばえ、それが患者にも伝わるという相乗効果があったことは重要です。 医療機関の規模にかかわらず、患者満足度を上げるには職員満足度が重要であることを物語る良いケースといえるでしょう。

急性期病床から慢性期病床に転換した場合

 地方においては、地域のマーケティングによる、経営手法の再構築が非常に重要です。急性期にこだわるのではなく、全病床をこれから増えると見込まれる慢性期に転換して再生を成功した例を紹介しましょう。

地域における徹底したマーケティング

 九州にある過疎化が進みつつある地域にある病院は、急性期にするか慢性期にするか大きな転換を図るために、地域特性を徹底的に調査しました。その結果、現状では競合病院は存在せず、急性期で十分採算がとれる見込みであることがわかりました。しかし、地域住民の高齢化や人口減少による過疎化の傾向があるため、急性期病棟を全床慢性期にするという大きな経営判断をしました。

 その背景には人口減少だけではなく、高速道路の整備計画などのインフラにも注目したマーケティングが功を奏しています。つまり、急性期患者は近隣の大都市病院に流れるため、慢性期に特化するという経営判断を下したのです。このように現状に満足することなく、地域の変貌も含み、将来展望を見すえたマーケティングが医業経営には必要なのです。

慢性期ならではの差別化戦略

 慢性期といえども、アメニティーやケアの質を高いレベルに保つことで、他院との差別化を図りました。また、個室化やケアユニットにすることで、家庭的な雰囲気をつくり出す病棟を目指しています。急性期にこだわる中小病院も多いなか、慢性期に特化し経営戦略を検討することは重要です。

患者へのコストパフォーマンスやターミナルケアにも注力

 このような医業経営のもと、患者の負担を軽減するべく、新設病棟の建設費にも工夫を凝らしています。構造基準の変化にも対応できる建築工法に変え、安全性とコストパフォーマンスを実現しました。建設費を削減できるとともに、構造基準が変わっても工費を低く抑えられるというメリットも享受できます。

 また、当該地域に高齢者の独居も多い傾向があることに対応して、他施設への移転の心配もなく安心して最後まで病院で過ごせるターミナルケアを実践しています。 以上、2つのケースを紹介しました。マーケティングや地域特性をよく研究し、独自の経営戦略を実践することは、病院だけではなく診療所の運営においても参考になるのではないでしょうか。

まとめ

 新しい診療報酬制度や各都道府県による医療計画などにより、病院経営は大きな影響を受けます。現在では、診療報酬の算定が高い急性期病棟(7対1看護)にこだわり、収益を悪化させている病院も少なくありません。 しかし、急性期病床は高度急性期を含めても大幅に減少するという方針が打ち出されています。

 これからの病院経営では、各地域のニーズに合わせた独自の取り組みによって、他院との差別化が図れる病院に変貌しなければなりません。まずは地域の現在、将来のあり方を調査し、自院が選ぶべき経営戦略を練ってみましょう。

参考:

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