わが国のロボット戦略(後編) 高機能病院では「低侵襲治療センター」を設置し、ダヴィンチを効率的に活用・共同利用の可能性も
米国におけるダヴィンチ実用化は2000年から。開発の経緯は「遠隔診療」と共通点も
ロボット外科学会によると2016年9月現在の全世界におけるダヴィンチ導入実績は3,803台。設置台数が最も多いのはアメリカで2,501台、ヨーロッパ全域で644台、アジア全域には467台が設置され、アジアの中では日本が237台と突出して高い導入実績となっている。
ダヴィンチ開発の経緯を振り返ると、湾岸戦争勃発前の1988年頃の湾岸危機の時代にアメリカ陸軍が開発を主導。アメリカ本土や戦艦から医師により遠隔操作で戦場の負傷者等に手術を行うことを目的に、開発が進められた。黎明期の歴史を紐解くと、同じハイテク技術として診療報酬誘導等もあり、近年、日本の医療機関で活用が進み始めた「遠隔診療」と繋がる部分が多い。湾岸戦争終結後も民間による研究が継続され、1999年に完成。2000年7月にFDA(米国食品医薬品局)から承認を受けて実用化に至った。
日本では早くも2000年から慶応大学病院にダヴィンチの第一号が導入され、九州大学病院消化器・総合外科での治験を経て、2009年から厚生労働省が国内での製造・販売を承認。2012年4月の診療報酬改定で、ダヴィンチによる「前立腺がん全摘手術」で初めて保険収載され、医療機関における導入が徐々に進んできたのが一連の流れだ。
ダヴィンチ手術が通常の内視鏡手術と異なるのは、人間の手ではなくロボット・アームを使って手術をすること。このアームを数メートルの距離にある操縦席から、医師がコントローラーを動かして手術する。デジタルカメラと同様に手ぶれ防止機能を備えており、外科手術では精密な操作性を駆使した手術が可能になる。
ダヴィンチによる子宮体がん等の手術を手がける某大学病院の婦人科医は、「患者さんに負担の少ない低侵襲治療が可能になり、術後の痛みや出血が殆どないことが最大のメリット。手術後、翌日から歩行が可能になった患者さんもおられ、早期の社会復帰が期待出来る。手術症例数が今後、増えると、病院全体の平均在院日数短縮にも寄与するのではないか」と期待する。
ダヴィンチ導入のランニング・コストが経営上の課題
2018年度診療報酬改定でダヴィンチ手術の保険適用が12疾患に拡充されたことから、現在では前述のデータよりも更に導入台数が増加していると推定されるが、病院が導入する場合の課題は高額な設備投資だ。臨床試験を実施する大学病院等は別として、民間病院にとっては病院経営上、減価償却の試算なしでの導入には、なかなか踏み切れないのが現実だ。
また、保険適用のない疾患の手術に対しては自由診療になり、患者側の負担も大きく、導入前に自費診療の適切な価格設定や、どの位の患者が見込めるか等のマーケティングも必要になるだろう。
某自治体で複数の病院を経営する医療法人グループの事務長は、現在、未導入のダヴィンチ導入コストについて、「一概には言えないが、当グループの場合、1台につき約3億円の導入コストが見込まれ、その他、手術室におけるメンテナンス等の維持費にも、年間3,000万円程のコストが推定される。幾つかの手術で保険収載が実現したとは言え、手術の事前準備やドクターの教育等にも時間や労力を必要とし、最初から数多くの手術症例をこなすのは難しい。ランニングコストをもう少し抑えることが出来れば、私たちのグループでも導入出来るのだが・・・」と嘆息する。
民間医療機関の中でダヴィンチ活用に最も積極的と思われるのは、日本全国で70施設以上の病院を運営する「徳洲会グループ」で、同グループが編集・発行する「徳洲新聞」によると、2018年4月に開催された同グループの「ロボット手術支援懇話会」では、同年3月末段階でグループ病院全体の14病院にダヴィンチが導入され、累積手術症例数が2,654症例に達したことが報告された。2年前(2016年)の同懇話会では全体で「1699症例」と発表されていたので、顕著に増加していることが分かる。
しかし、現在のところダヴィンチを導入しているのは、一部の大学病院や国公立病院等の先進医療実施病院に留まっているのが現実だ。
「ロボットの扱いに習熟したドクター等、経験や知識のある医療従事者が不足している」(某大学医学部教授)のも、その背景にある。 2016年に「地域医療構想」の策定が全都道府県で終了し、2025年に向けて病床の機能分化・連携が更に進められる中で、連携により大学病院や高機能病院が有するダヴィンチ等の最先端技術や人材を、中小民間病院等が共同利用出来るような仕組みが整備されれば、多くのドクターがダヴィンチを活用し、そのダヴィンチ治療の普及にも拍車がかかるのではないかと考えられる。
例えば、各地域の拠点となる高機能病院等が、がん手術の「低侵襲治療センター」のような機能を有し、オープンシステムにより地域開業医等にも開放し、施設・設備・マンパワーやダヴィンチ等の最先端技術を共同利用出来るようなシステムが構築されれば、前述のような課題も解消され、地域全体の「底上げ」にも繋がるとも思うのだが、如何だろうか?そのためには、ロボットの共同利用や連携を評価する診療報酬等での政策誘導が必要になるかもしれない。
目覚ましい勢いで進化を遂げる医療用ロボット
医療用ロボットの技術革新は近年、目覚ましい勢いで進化し、最近では新たなロボットの開発・販売に向けた動きが活発化している。 2018年6月に厚生労働省はPCI(経皮的冠動脈形成術)支援システム「CorPth GRXシステム」を新医療機器として承認した。この他、整形外科領域でも2017年10月から「人工関節の置換術の支援ロボット」の販売も、厚生労働省で承認されている。
前回に紹介した、既存のロボットスーツ「HAL」は2016年以降、日本の多くの病院で既に導入が進んでいる。 新たな医療用ロボットの開発が対象となる診療科・疾患も多様になり、治療のサポートのために、最先端技術であるロボットの活用が欠かせない時代が既に到来している。ロボットが更なる進化を遂げた暁には、AI(人工知能)と連動した「遠隔診療の実現」等にも大きく貢献することが、多くのロボット工学を専門とする研究者等から、指摘されている。
(2019年02月13日)