元号改正と病院の「広報」戦略(下)
元号ネーミングでオフィシャルイメージを高める
特許庁が「新旧元号の商標登録を不可能」とする改正
「平成」から「令和」へと移行した元号改正のインパクトは、数ヵ月が経過しても未だ続いているようにも見える。例えば、「令和せんべい」や「令和ようかん」、「令和饅頭」等、各地で商品名に「令和」を入れたお菓子が、次々と発売されている。
筆者の家の近所には、5月に「令和カレー」というカレー店が開店したばかりだ。提供されるメニューは普通のカレーであり、元号とは何の関連性もない。令和の時代に入って、開店したというだけの理由だ。 これらはいわゆる、“便乗商法”だが、新元号名には国民の注目度も高いことから、メーカーやサービス業等の中には、商品や企業のCI(Corporate Identity)戦略としてネーミングに活用し、アイデンティティを高めようとする動きは、当然、予想された。
医療・福祉業界に目を転じると、「昭和」から「平成」に移行した1989年頃、医療法人や病院のネーミングに「平成」のキーワードを入れる医療機関がいくつか現れたことを記憶している。医療法人平成○○会や□□平成病院等だが、今後、CI戦略として「令和」というキーワードを使う医療機関や福祉施設は増えていくのだろうか? 2019年1月30日、特許庁は唐突に「新旧元号の商標登録ができない」ように商標審査基準を改正した。
それは、便乗商法や商標登録が殺到することへの混乱を避けるための措置とされる。従来は現元号だけが商標登録できなかったのが、今後は新旧元号のいずれもが商標登録が不可能となる(既に商標登録している場合はそのまま継続可能)。
新元号で「変革」と「伝統」を同時にアピール
医療機関のCI戦略や広報に詳しい、咲デザイン代表の大山幸一氏は、次のように語る。
「病院施設のリニューアルや組織を社会医療法人、認定医療法人等に改組する、あるいは二代目理事長に継承する等の大きなイベントが計画されている医療機関で、元号に込められた意味と病院の理念がマッチングしていると判断された場合に、医療機関の中にも新元号“令和”を入れた新しいネーミングに変更する動きが出てくる可能性はあります。」
医療機関広報を支援する特定非営利活動法人日本HIS研究センター代表理事の石田章一氏は、
「令和の時代に移行してから、令和○○クリニックのように元号名をネーミングに入れて、同時にカンバンや名刺等に使うロゴマークも変更したいという診療所からの相談を受けました。“小回りの利く”小規模診療所の場合は、院長の即断即決により医院の名称変更を拙速に進めるケースが多発するかもしれません。ただ、地域で“令和○○診療所”や“▲令和クリニック”等の新元号を冠する医療施設が乱立すると、地域住民には紛らわしいと感じるかもしれない」ことを危惧する。
しかし、平成に移行した時代にも、病院は「新元号」だけを名称にするのではなく、地域名等と組み合わせる形が一般的であり、混乱を招くような事態は起こらなかった。
それでも、仮に病院が「新元号」を冠した病院名に変更する場合は、地域の他の医療機関の情報等も、予め収集しておく必要がありそうだ。 2019年2月に発行された書籍『元号って何だ?』(藤井青銅著・小学館新書)によると、「元号ネーミングはオフィシャル感や老舗感を持つ」と指摘されている。 また同書によると、一般企業でも「創業時の元号を名乗ることは、“伝統”、“老舗”、“信用”のアピールになり、屋号、社名に元号を付けるケースが多い」としている。 後者のケースは大学名等では顕著であり「慶応義塾大学」、「明治大学」、「大正大学」、「昭和大学」等、これら以外にも数多く存在し、ネーミングだけで「伝統」の重さを体現できる効果がある。
オフィシャルイメージを高める効果は、医療機関も同じだ。
前出の大山氏は、「新元号を使うのは、病院にとって新しい時代のトレンドに乗った病院へと変革していくイメージを醸成できること。更に新元号・令和をキーワードとして活用することは、新元号の年に変革がスタートしたとの足跡を残すことにもなります。今後、元号ネーミングの持つ“伝統”や“老舗感”のオフィシャルイメージに着目される医療・福祉経営者もおられるでしょう。CI的な発想からは、旬のトレンドと信用に繋がるメリットが大きい」と話す。医療機関のブランド・イメージを高める効果があるというのだ。
公的病院は当該自治体ホームページの内容にも細心の注意を!
この他、新元号への移行により、医療機関が留意しなければならないのは、自院ホームページのリニューアル。既にホームページが「平成から令和」バージョンに刷新されている医療機関が多いのだが、小規模病院やクリニックだけでなく、大規模な総合病院等の中にもリニューアル作業に相当な手間や時間がかかるのか、刷新されていないケースも散見される。
確かに、大規模総合病院等は診療科、各部門ごとにサイトが構築されているので、全てを「令和」バージョンに作り替えるのは只事ではない。 前出の大山氏は指摘する。
「市立病院等のホームページには“平成33年に新棟建築予定”等の大きなバナー画面等が流れてくるケースもありますが、こうした画面も手直しが求められます。新棟竣工等の情報は西暦表記が使われることが少なく、元号表記が多いため、その点で注意が必要になります。また、国公立病院の文書は公文書に当たりますが、公文書の書面を自治体のホームページで公表している場合、元号が“令和”に変わったことから、市民から“不適切”との指摘がなされた自治体も出てきました。公的病院等は病院だけでなく、当該自治体ホームページで流す情報等についても、細心の注意が要求されます。」
この他、医療機関の内部文書等も細かく検証していくと切りがないのだが、外注先、例えばプロバイダー等の更新計画書やコンサルタント等との契約書等も、「平成31年度以降」等のロードマップが示されているケースがあるので、これらの関連業者との協議の上で、修正が必要になってくるかもしれない。
加えて、大山氏は病院のシステムのセキュリティ上のリスクに関しても、注意を促す。「MRI検査等については半年先程までの予約を入れている病院も少なくないと思われますが、新元号移行によるシステム改修時に、予約が漏れていないか、一部のデータが消えていないか等を詳細にチェックして頂きたいと思います。万一のことですが、セキュリティホールが発見され、外部からのサイバー攻撃に狙われやすくなるリスクもあることを、ご理解下さい。」
〔元号改正に向けてのチェックポイント〕
- 電子カルテ、医事・会計等のシステム改修の必要性
- システム改修にどの位のコストと手間がかかるかをチェック
- ホームページのリニューアルは「短期決戦」
- 公的病院は自治体ホームページにも“要注意!”
- 自院で制作する2020年カレンダーの「新元号」への対応はいち早く
- 2019年の1月30日から新旧元号の商標登録が不可能に!
- 「新元号」ネーミングのCI効果~病院が「変革する」イメージ醸成と伝統の重み
- 訪日外国人患者への対応には「西暦のみ」表記が望ましい
- 病院予約システムの再チェックを!
- システム改修時のセキュリティホール~サイバー攻撃への危機管理